2026.04.01 No.309「バブルの残り香と三十五年ぶりの再会」
1980年代後半、日本はバブル景気に沸き、街全体がどこか浮き立つような活気に包まれていました。とはいえ、私はその熱狂をかすめる程度にしか体感できなかった世代です。それでも若き日の私にとっては十分に眩しい時代でした。車が何よりも好きだった私は、社会に出て働き始めると、稼いだお金の大半を愛車につぎ込むようになりました。私たちの年代にとって、身の丈に合わないハイソカーに乗ることは努力の証であり、夢そのものでした。母からは「あなたは車のために働いているようだね」と苦言を呈されたものですが、今となってはそれも懐かしい思い出です。
仕事が終われば、車好きが集まるタイヤショップへ足を運び、毎日のように車談義に花を咲かせていました。当時二十歳そこそこの私にとって、そこに集う常連客は皆年上で、バブル絶頂期ということもあり、上質な洋服やブランド品を身にまとい、まるでアイロンのような形をした携帯電話を持つ大人たちの姿は憧れそのものでした。
その店には私より一つ年上のアルバイトの青年がいて、地元山梨を離れ上田市内の大学に通っていた彼とは年齢が近いこともあり親しくしてもらいました。彼の両親が所有する清里の別荘に遊びに行かせてもらったことは、今でも鮮明な記憶として心に残っています。
あれから三十五年が過ぎ、彼が今、地元山梨で日本を代表するカーディーラーに勤めていることを知りました。私が興味を持った車種を扱っていることもあり、久しぶりに電話をしてみると、受話器の向こうから聞こえてきた声は昔と変わらず元気で、胸が温かくなりました。
先日、休日を利用して彼の勤めるディーラーを訪ねると、少しスリムになり、ピンストライプの濃紺のスーツを見事に着こなした姿は実に堂々としていて、名刺にはマネージャーと記されていました。三十五年ぶりの再会でしたが、これまでどれほど努力を重ねてきたのかと思うと、改めて尊敬の気持ちが込み上げてきました。「もうすぐ赤いちゃんちゃんこだね」と冗談まじりに声をかけると、五月二十日で退職することを教えてくれました。しばらくはゆっくりと休み、第二の人生を歩み始めるとのことです。
青春時代をともに過ごした仲間がそれぞれの道を歩み、節目を迎える姿に時の流れの早さを感じながらも、再びこうして言葉を交わせたことに深い感謝を覚えました。これから始まる彼の新たな人生が、実り多く輝かしいものであることを心から祈っています。


