2022.11.01 No.268「貧乏炒飯」
「トントントントン」リズム良く包丁で野菜を切る音が台所から聞こえてきます。そして味噌汁の香りが漂いだすと「早く起きなさい、遅刻するわよ。」と母が寝室にやって来て掛け布団を一気に剥がすのです。エビのようにくるっと丸まっている私は「あと10分だけ、いやあと5分だけ寝させて!!」と粘るのです。もう40年も前の出来事ですが、この時の攻防は今でも鮮明に覚えています。まぶたがまだ半分しか開いていない状態でストーブの前でダラダラと着替えを行い、洗面所へと向かいます。洗顔と歯磨きを済ませるとみるみる食欲が湧き急いで食卓に着きます。既に父や兄は食事を済ませ出掛けていて、時間差で食べる朝食は大概ひとりでした。この頃、牧野家の朝食と言えばご飯に味噌汁、漬物に目玉焼きか納豆が付く程度の質素なもの。家庭科の授業で「今朝の朝食メニューは?」と質問され素直に言えない自分がいました。友達の家庭はベーコンエッグだのトーストだの、朝からしゃれたメニューなんだなぁ…と羨ましく思ったものです。牧野家ではちょっと変わった朝食のおかずが食卓に並ぶ日がありました。前日にご飯が残るとそれが炒飯に生まれ変わって食卓に並ぶのです。炒飯と言ってもフライパンで冷や飯を炒めて塩コショウと醤油で味付けしたいわゆる貧乏炒飯です。この貧乏炒飯をおかずにご飯を食べるのが兄も私もたまらなく好きでした。明日の朝食は貧乏炒飯が食卓に並ぶことが分かると翌朝は早起きをするのでした。今考えればお茶碗半分程度のほんのちょっとの冷や飯を炒飯にしてくれたのは、寝坊助な私を早起きさせる母の策略だったのかも知れませんね。