2026.09.01 No.314「自分で辞書を引いて調べなさい。」
子供の頃、分からないことがあると、すぐ母に尋ねていました。
漢字の読み方や言葉の意味。分からないことがあるたびに母に聞く。
すると、いつしか決まって返ってくる言葉がありました。
「自分で辞書を引いて調べなさい。」
当時の私は、この言葉が嫌で仕方ありませんでした。
分からない漢字があれば、分厚い漢字辞典を引っ張り出し、部首や画数を調べながら探す。
初めて見る漢字ともなると、目的の文字にたどり着くだけでも一苦労でした。
でも、苦労して自分で調べた漢字は、不思議と覚えているものです。
面倒だからこそ、「二度と調べなくて済むように覚えておこう」と思ったのかもしれません。
振り返ってみると、当時は答えにたどり着くまでに、それなりの時間がかかりました。
「分からない」
↓
「自分で考える」
↓
「自分で調べる」
↓
「見つける」
↓
「理解する」
↓
「覚える」
今はどうでしょう。
分からない漢字があれば、スマホをかざせばいい。
分からないことがあれば、AIに聞けばいい。
「分からない」
↓
「AIに聞く」
↓
「答えが出る」
ほんの数秒です。
もちろん、便利になることは悪いことではありません。
私自身、スマホもAIも日常的に使っています。
ただ、便利になればなるほど、答えと自分との間にあった「自分で考え、自分で調べる」という時間が、少しずつなくなっているように感じます。
そして少し怖いのは、「覚えなくなったこと」以上に、「考える前に答えが手に入るようになったこと」です。
今やAIは、分からないことを教えてくれるだけではありません。
文章を書き、アイデアを考え、資料を作り、ときには判断することまで手伝ってくれます。
技術は確実に進化しています。
では、それを使う私たち人間の「考える力」も進化しているのでしょうか。
便利な道具を使わないのではなく、便利な道具に「考えること」まで任せない。
大切なのは、そこなのかもしれません。
今になって思います。
母は、答えを知らなかったわけではありません。
すぐに答えを教える代わりに、
「自分で辞書を引いて調べなさい。」
と言った。
あの言葉は、答えを教えてくれなかったのではなく、
「答えの見つけ方」を教えてくれていたのかもしれません。


